実は、植物細胞に有用な遺伝子を導入するのに、アグロバクテリウムという病原体の一種がもつ環状DNAが用いられます。
アグロバクテリウムに感染したモモの根に生じたクラウンゴール |
アグロバクテリウム(Agrobacterium tumefaciens)は、グラム陰性の土壌細菌であり、アグロバクテリウムが植物に感染すると、クラウンゴール(crown gall)と呼ばれる腫瘍組織が形成されます。
この現象は1906年に報告され、
・いったん形成されると感染組織から細菌を除去しても腫瘍が保持される
・腫瘍の培養に植物ホルモンを必要としない
・健全な組織に移植が可能である
といったことが知られていました。
(病原体が特定されたのは1906年ですが、病害自体は古代ギリシャの時代から知られ、アリストテレスがブドウの根頭癌腫病について記述しているそうです。)
「クラウンゴールの成立には細菌の存在が必要だが、成立後の維持には細菌が不要」ということから、何らかの因子が最近から植物体に移行していることが示唆されていました。
その正体は、アグロバクテリウムがもつ巨大プラスミドであることが1974年に報告され、Tiプラスミド(tumor inducingプラスミド)と名付けられました。
アグロバクテリウムが植物に感染すると、Tiプラスミドの一部であるT-DNA(転位DNA)が植物細胞に移行し、植物細胞の遺伝子に導入されます。
そして、T-DNAにコードされた植物ホルモン生産に関わる遺伝子が発現することで、植物ホルモンの過剰生産により腫瘍が形成されるのです。
具体的には、200kbpあるTiプラスミドのうち10~20kbpが植物細胞へ移行することが知られ、オーキシン生産遺伝子やサイトカイニン生産遺伝子が含まれており、これらがバランスを保って発現しています。
ちなみに、T-DNAにはオパイン類(オクトピン、ノパリン、アグロピン)と呼ばれるアミノ酸類の合成系もコードされています。
これらは健全な植物細胞では合成されず、感染細胞にのみ見られるため、オパイン類はアグロバクテリウムの腫瘍マーカー、つまり感染を確認する因子として利用されています。
さて、このようにアグロバクテリウムはTiプラスミドに含まれる特定の部位を植物の遺伝子に導入する能力を持つため、T-DNA中に導入したい遺伝子をあらかじめ挿入しておけば、狙い通り植物細胞にその遺伝子を導入することが可能であるということになります。
そして、1980年代頃から実際にアグロバクテリウムを用いた植物への遺伝子導入技術が確立されていきました。
参考:『植物工学の基礎』長田敏行(東京化学同人)
アグロバクテリウム感染系 化学と生物 Vol.29 (https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu1962/29/10/29_10_659/_pdf)
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