2017年5月27日土曜日

一細胞質量分析

植物は多種多様な二次代謝産物を産生しますが、多くの場合、それらの化合物は一部の細胞で特異的に合成され、蓄積されています。

たとえば、薬用成分として有効なアルカロイド類が含まれるニチニチソウでは、師管付近の細胞内で生合成のある段階まで作られた後、乳管細胞や異型細胞へと輸送され、さらに生合成が進み、蓄積されることが最近明らかになってきました。(Mimura, T. et al. PNAS, 2013, 113, 3891-3896)

では一体、どのようにして調べたのでしょうか。

先に挙げた論文を発表した神戸大のグループは、以下の2つの最新の手法を用いました。
 ①一細胞質量分析
 ②イメージング質量分析

ここでは一細胞質量分析について、注目してみようと思います。

一細胞質量分析とは、「生命体の分子変化を、1細胞・1細胞小器官のレベルでリアルタイムに追跡できる手法」であり、2015年に理化学研究所より発表されました。

その操作手順は、Nature Protocolsに報告されています。

〈プロトコル〉
 ・生細胞から、ナノスプレーチップという金属コート(伝導性の金など)した、先端口径数μmほどのガラス細管を用いて細胞内成分を吸引
 ・チップ後端からイオン化有機溶媒を導入し、質量分析計の資料導入部に配置
 ・電圧を印加すると、イオン化された試料分子群が霧とともに質量分析計に導入される
 ・数百~数千のイオン化分子を検出し、数分ほどで質量分析を行う

一細胞質量分析の例(Nature Protocols, 2015, 10, 1445-1456より)

この手法により、1pLにも満たない細胞内成分の分析が可能になりました。

こうした技術が広く活用されれば、野菜や果物の育成・育苗の条件検討において、より早い段階での判断が可能になるため、農業技術の研究開発が加速されることが期待されるとのことです。

応用分野のみならず、いままで顧みられなかったような植物の特定の細胞から、思いもよらなかった化合物の発見が実現するかもしれません。

2017年5月21日日曜日

皇居東御苑の自然観察会

森林インストラクターのガイドのもと、皇居東御苑の歴史と自然を尋ねる観察会に参加してきました。
募集人数は30人とありましたが、70名近くの参加者がおり、5つの班に分かれての散策となりました。

コースとしては、大手門から入城し、三の門、中の門、 中雀門を通って本丸天守台を廻り、最後は二の丸庭園・雑木林へ。
歴史解説、自然解説がバランスよく盛り込まれ、たっぷり大満足の5時間でした。

皇居東御苑

今年は全体的に花が咲くのが少し遅れているようで、ハナショウブやアジサイはまだ花を見ることはできませんでしたが、沢山の種類の植物に触れることができました。

2017年5月19日金曜日

ヒドジョウ!

研究用のオオカナダモを調達しに、用賀にある猶井小鳥店へ行きました。
色とりどりの小鳥たち、鮮やかな魚たちに見とれつつも、私が一番心を奪われたのは…

ヒドジョウ!

黄色く輝くするんとしたヒドジョウが砂の上をすいすい気持ちよさそうに泳ぐ姿に一目惚れしました。
お家にいたらずっと見ていたくなるだろうなぁ。

ヒドジョウ(Misgurnus anguillicaudatus var.)

ヒドジョウはドジョウの色素変異体で、普通のドジョウと同様、水槽のお掃除役となり他の魚との相性も良いため広く親しまれているそうです。

砂にもぐる習性がある。ますますかわいいなぁ。
10本のヒゲには味蕾があり、食べ物探しに使われるそう。

水槽を買ったら、オオカナダモと一緒に飼おうかな。

2017年5月14日日曜日

井の頭自然文化園の植生

井の頭公園開園75周年記念イベントの一環で、自然文化園の植物ツアーに参加してきました。

井の頭自然文化園は、現在では動物園として知られていますが、もともとは武蔵野の雑木林の植生をのこす「植物生態園」として機能していました。
そのため、園内に入ると武蔵野の雑木林の面影が感じられるところがあったり、樹齢の長い樹木や貴重な樹木が植えられたりしているのです。

いわば、「植物園の中に動物たちがいる」という感じ!
実際、動物たちは伐採などで切られた枝をエサにすることもあるそうです。
たとえばカモシカはアオキの葉を食べ、残った枝をヤクシカにやると樹皮の青い部分を食べるのだとか。
余すところなく有効活用されていますね。

古くは江戸時代の食料不足に際して、武蔵野の地に畑が開拓され、その周りに雑木林が作られたという経緯があります。
雑木林の木は通常15~20年ほどで切られ、腐葉土や炭・薪として利用されるのですが(それ以上長く成長すると萌芽が出てこないのです)、今ではその必要がなくなり、樹木が高齢化しました。

当時はクヌギやコナラが優占種でしたが、今では園内に多くみられる樹木はイヌシデやアカマツといった種です。

また、植物生態園として開園した当時は1000本ものシャクナゲが植えられ、中には貴重な品種のものもあったそうですが、シャクナゲは暑さに弱いためどんどん減ってしまい、今では20本となってしまいました。
残されたシャクナゲをなんとか守ろうと、農園芸職員さんたちが、接ぎ木や挿し木で再生を図っています。

最後に、この日のツアーで印象的だった樹木の花を紹介します。
ウケザキオオヤマレンゲ(Magnolia Watsoni Hook. f.)というモクレン科の樹で、オオヤマレンゲとホオノキの雑種です。
花はオオヤマレンゲ、葉はホオノキという感じでした。
オオヤマレンゲの花は下向きに咲くのですが、この雑種では上向きに咲くのでウケザキなのです。
たまたま蕾が落ちていたので、職員さんがその場で花びらを剥いて中身を見せてくださいました。

ウケザキオオヤマレンゲの蕾を剥くと…まだ寝ている雄花と雌花が。

真ん中の緑色の部分が雌しべ、周りを囲んでいる赤い部分が雄しべです。
咲く時には、まず1日目に雌しべ、2日目に雄花が開き、3日目には咲ききっておちてしまうのだそうです。
独特な匂いで虫をおびき寄せ、受粉を促します。
約一ヶ月にわたって少しずつ花を咲かせるのが特徴です。

2017年5月12日金曜日

ペパーミントゼラニウム

最近買ったカーネーションやユリが基調の花束に、ひっそりと混じっていた花に惹かれました。
葉に軟毛が生えふんわりとしていて、リボンのような可憐な花がかわいらしい、ペパーミントゼラニウム(Pelargonium tomentosum)です。

ペパーミントゼラニウム(Pelargonium tomentosum

ペパーミントと名前にあるように、葉の裏側をこするとペパーミントの良い香りがします。
フロウソウ科ペラルゴニウム属に分類される、南アフリカ原産の植物です。

花言葉はわかりませんが、私なら「そっと見守っていて」とつけますね。
ふんわりした柄に小さなリボン飾りをつけたような可憐な花が、はらりと落ちてしまわないか、見守っていたくなるからです。

あまりに可愛らしいので、挿し芽で増やせないか挑戦してみようと思います。

2017年5月5日金曜日

受難の花、トケイソウ

ステッドラーのpigment linerを買ってみました。
細さは最細の0.05。
細かい点描もきれいに描けそうです。

『園芸植物学百科』の挿絵を参考に、トケイソウの花を描いてみました。

トケイソウの花『園芸植物学百科』p.35の挿絵を参考に

トケイソウ(Passiflora caerulea)は英名をパッションフラワーと言い、「受難の花」の意味を持ちます。
スペインのキリスト教宣教師がイエスキリストの受難について、トケイソウを喩に用いて説いたのだそうです。

・つるの巻きひげは、むち打ちで使われた鞭を表す。
・10枚の花弁と萼片は12使徒のうちの10人(イエスを裏切ったイスカリオテのユダと否認した聖ペトロを除く)を表す。
・100本以上ある花糸の環は、イバラの冠を表す。
・3本の柱頭はくぎを、5つの葯は傷を表す。

トケイソウの花がどことなく苦難を背負っているように見えるのは気のせいではなさそうです。

2017年5月3日水曜日

アグロバクテリウム

植物の病気が植物バイオテクノロジーの発展に大きな貢献をしたというと、不思議な感じがするでしょうか。
実は、植物細胞に有用な遺伝子を導入するのに、アグロバクテリウムという病原体の一種がもつ環状DNAが用いられます。

アグロバクテリウムに感染したモモの根に生じたクラウンゴール

アグロバクテリウム(Agrobacterium tumefaciens)は、グラム陰性の土壌細菌であり、アグロバクテリウムが植物に感染すると、クラウンゴール(crown gall)と呼ばれる腫瘍組織が形成されます。

この現象は1906年に報告され、
・いったん形成されると感染組織から細菌を除去しても腫瘍が保持される
・腫瘍の培養に植物ホルモンを必要としない
・健全な組織に移植が可能である
といったことが知られていました。
(病原体が特定されたのは1906年ですが、病害自体は古代ギリシャの時代から知られ、アリストテレスがブドウの根頭癌腫病について記述しているそうです。)

「クラウンゴールの成立には細菌の存在が必要だが、成立後の維持には細菌が不要」ということから、何らかの因子が最近から植物体に移行していることが示唆されていました。

その正体は、アグロバクテリウムがもつ巨大プラスミドであることが1974年に報告され、Tiプラスミド(tumor inducingプラスミド)と名付けられました。
アグロバクテリウムが植物に感染すると、Tiプラスミドの一部であるT-DNA(転位DNA)が植物細胞に移行し、植物細胞の遺伝子に導入されます。
そして、T-DNAにコードされた植物ホルモン生産に関わる遺伝子が発現することで、植物ホルモンの過剰生産により腫瘍が形成されるのです。

具体的には、200kbpあるTiプラスミドのうち10~20kbpが植物細胞へ移行することが知られ、オーキシン生産遺伝子やサイトカイニン生産遺伝子が含まれており、これらがバランスを保って発現しています。

ちなみに、T-DNAにはオパイン類(オクトピン、ノパリン、アグロピン)と呼ばれるアミノ酸類の合成系もコードされています。
これらは健全な植物細胞では合成されず、感染細胞にのみ見られるため、オパイン類はアグロバクテリウムの腫瘍マーカー、つまり感染を確認する因子として利用されています。

さて、このようにアグロバクテリウムはTiプラスミドに含まれる特定の部位を植物の遺伝子に導入する能力を持つため、T-DNA中に導入したい遺伝子をあらかじめ挿入しておけば、狙い通り植物細胞にその遺伝子を導入することが可能であるということになります。

そして、1980年代頃から実際にアグロバクテリウムを用いた植物への遺伝子導入技術が確立されていきました。

参考:『植物工学の基礎』長田敏行(東京化学同人)
   アグロバクテリウム感染系 化学と生物 Vol.29 (https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu1962/29/10/29_10_659/_pdf

2017年5月2日火曜日

根粒菌と菌根菌

根粒菌と菌根菌は、植物に特に重要なはたらきをもたらす共生菌の代表格です。
宿主となる植物やこれらの細菌には、共生関係を築くためのしくみがあります。

まずは根粒菌。
根粒菌は、植物の根から分泌されたflavonoid類を認識すると、Nodファクターを発します。
Nodファクターとは、N-アセチル-D-グリコサミンからなるオリゴ糖です。
Nodファクターを認識した根は屈曲し、細菌が根毛内に取り込まれ、根粒形成が促進されます。
めでたく植物と共生関係を結んだ根粒菌は、Nif遺伝子群やFix遺伝子群を発現させ、窒素固定能を発揮し植物に恩恵を与えます。

一方の菌根菌。
よく知られるアーバスキュラー菌根菌、いわゆるAM菌は4億年も昔に起源をもつグロムス菌門に属する糸状菌であり、根の皮層細胞内に樹枝状体(arbuscule)と呼ばれる栄養交換器官を形成することからその名がつけられました。
幅広い種類の陸上植物がアーバスキュラー菌根菌と共生関係を構築しています。
植物が発する菌根菌共生シグナルとして、二つの植物ホルモンが知られています。

◆ストリゴラクトン
ストリゴラクトンはリン欠乏条件下でアーバスキュラー菌根菌との共生を促進し、リンの獲得を促進すると同時に、植物の分枝を抑制することでリン消費の節約に寄与することが知られている植物ホルモンです。
ちなみに、穀物の根に寄生しアフリカを中心に重大な農作物被害を引き起こしているストライガ(Striga; witchweed)は、栄養不足に陥った植物が根から分泌したストリゴラクトンを認識して忍び寄り、寄生関係を結びます。

◆ジベレリン
ジベレリンもアーバスキュラー菌根菌との共生に関わることが知られています。
おもしろいことに、ジベレリンは菌根菌の共生において正にも負にも調節していることが明らかになりました。
もともと、ジベレリンの添加により菌根菌の感染が阻害されることは知られていましたが、正の作用が確認されたのは比較的最近の2015年のことです。
(参照:http://www.nibb.ac.jp/press/2015/01/19.html

ジベレリンによる菌根菌感染の正と負のコントロール

この研究では、感染後にジベレリン合成阻害剤のウニコナゾールP添加やジベレリンシグナル抑制により根内部での菌糸の分枝が抑制され、樹状体形成率が低下することが発見されました。
つまり、このしくみによれば感染によりジベレリン合成が活性化されることで、菌糸の分枝が促進されると同時に、ジベレリンの負の作用により重複した感染を防ぐことができるのです。
ジベレリン添加の時期・量の調節により感染をコントロールできるため、農業への応用が期待されています。

2017年5月1日月曜日

植物病理学と共生

「植物病理学の父」と称されるドイツ人微生物学者、ド・バリーは
病原微生物による寄生も共生の一部である
という言葉を遺しています。

アントン・ド・バリー(1831-1888)

1843年頃よりヨーロッパでジャガイモの葉が黒ずんで枯死する病害が蔓延し、ジャガイモ不足により100万人以上もの餓死者がでました。
そんな中、ド・バリーはジャガイモ疫病の原因菌を同定し、初めて微生物が植物の病気の原因となることを証明しました。

ド・バリーは、健全なジャガイモに、病気のジャガイモから採取したカビの胞子を振りかけたところ同じ症状が引き起こされたことから、このカビが病原であることを示しました。
彼はこの菌をPhytophythora infestansと名付けましたが、Phytophythoraは「植物の破壊者」、infestansは「破壊的蔓延」という意味です。

彼はまた、コムギに発生する黒さび病菌がメギ属植物に寄生する菌と同じであることを突き止め、さび病菌が宿主交代することも発見しました。

植物の病気が微生物によるものであるという発見自体が初めてのことであったのに、餓死者が出るほど深刻な影響をもたらす病害を目の当たりにしながらも、その現象が植物がごく普通に営む「共生」という活動の一環であることを見抜く洞察力は、微生物学者であったド・バリーならではのものだったのかもしれません。

ちなみに「共生」という言葉自体、ド・バリーが考案しました。
このように植物病理学と共生とは密接な関係にあるのです。